聴覚障がいのある子どもの逸失利益に関する大阪高裁の判決

1 聴覚障害の女児の逸失利益を健常児と同様に判断した大阪高裁の判決

 

  2025年1月21日、聴覚障害のある女児が亡くなられた交通事故の損害賠償請求訴訟に関し、控訴審である大阪高等裁判所は、「健常者と同じ職場で同等に働くことが十分可能であった」として、逸失利益を全労働者の賃金平均から減額せず、運転手側に計約4365万円の支払いを命じる判決を下しました。

 

 この事故は、2018年2月、大阪市生野区でショベルカーの運転手がてんかん発作で意識を失い歩道を暴走し、聴覚支援学校から下校中だった女児が死亡、4人がけがをしたという痛ましい事故です。

 

 なお、この損害賠償請求訴訟の一審(大阪地方裁判所)は、全労働者の平均賃金の85%に減額していました。

 

 

 判決では、判断の理由として、合理的配慮により障害者が健常者と同等に働ける環境の構築が進んでいることや、社会情勢や意識の変化が挙げられたようです。

 徳岡由美子裁判長は、判決理由で、未成年者の逸失利益を減額するのは、全労働者の平均賃金を基礎収入として認めることへの「顕著な妨げとなる事由が存在する場合に限られる」との判断枠組みを示しました。

 

 その上で、女児が学年相応の言語力と学力を身に付けていたと認定し、近年のデジタル機器の進歩や社会変化も相まって「合理的配慮がされる就労環境を獲得し、健常者と同じ条件で働くことができたと予測できる」と判断しました。

 

【参考記事】

 事故死の聴覚障害児の逸失利益 大阪高裁が「健常児の100%」と初判断(2025/1/20 14:38産経ニュース)

 

2 損害賠償における逸失利益の考え方と障害についての考慮の有無

(1)被害者による損害賠償請求

 被害者が加害者に対して損害賠償を請求する場合のルールとして、不法行為があったことに加え、それによって被った被害がどれぐらいの損害額であるかを立証していかなければいけません。

 この立証を被害者がしなければいけないことに注意が必要です。一見、不当に見えるかもしれませんが、ただ、被害の実態とそれがお金に換算していくらに相当するものかは被害者にしかわからないことも多く、加害行為があるからといって無限定に法的責任を認めるわけにもいかないので、このような建て付けになっています。

 

 そのため被害者はどのような損害を被ったのかその項目と金額を明確にした上で、それを証拠によって立証していく必要があります。上記裁判でも、被害者側である遺族が、本来得られたはずなのに得られなかった利益を具体的に主張して立証していく必要があります。

 

(2)逸失利益の基本的な考え方

 逸失利益とは、被害者が加害者の不法行為によって被害を受けた場合に、当該被害を受けなければ将来的に得られたであろう収入や利益を意味します。

 これは本人の収入をもとに、就労可能期間と労働能力喪失率を乗じて計算することになります(ただし本来将来得られるものを現時点で請求するため利息に相当する金額を特殊な計算で控除します)。

 

 このうち、本人の収入に関して、現に働いていればその収入を基礎とするのですが、児童である場合はどのような職種についてどの程度の収入が得られるかすら不明です。

 そのため、労働者の平均賃金をベースに計算することになることが一般的です。

 その際に、障害があることを理由に減算すべきかどうかが問題となります。

 

(3)障害を考慮するかどうか

 障害がある場合、障害の程度に応じて、職業選択や労働能力に与える影響を考慮することが一般的な考えではあります。

 ただ、日本における就労環境は変化しており、障害をもつ方でも十分な収入を得る可能性が高まっています。そのため、個別の事情を考慮する傾向もあります。聴覚障害の有無のみを理由として逸失利益の算定が大きく変わると、不公平あるいは差別的な考えとも捉えられます。

 聴覚障害に関しては補聴器や人工内耳の発達、働き方についてはリモートワークなど、障害のハンディキャップを軽減する技術や環境が整備されつつあるため、聴覚障害が将来の収入に直接的な影響を及ぼさない可能性も十分にあるでしょう、

 

 このように、一般論としては社会の情勢の変化を踏まえつつ、具体的な障害の影響、年齢や性別、特別な事情の有無などを踏まえて結論を出すことになるでしょう。

 

(4)上記事案に関して

 上記判決は、事故当時11歳の児童であることを前提に、未成年者の逸失利益を減額するのは、全労働者の平均賃金を基礎収入として認めることへの「顕著な妨げとなる事由が存在する場合に限られる」との判断枠組みを示しつつ、具体的な事情として、女児が学年相応の言語力と学力を身に付けていたと認定し、近年のデジタル機器の進歩や社会変化も相まって「合理的配慮がされる就労環境を獲得し、健常者と同じ条件で働くことができたと予測できる」と判断し、全年齢の平均賃金の100%を基礎収入として認めました。

 

 このような判断の背景として、社会情勢や労働環境の変化により、仮に聴覚に障害があったとしても、事故当時11歳の児童が就労を開始する約10年後に、健常者と同程度の収入を得る可能性が十分にあると考えられたことによるものです。

 これに対して、事故当時の年齢が、就労を開始する一般的な年齢に近づくほど、現実的な就労先が限定され、一定の減額をされる可能性は残されています。障害による影響の程度の違いもありますが、以下の裁判例でも3割の減額がされていました。

 このような場合、障害による現実的な影響と年齢による将来の可能性を主張し、健常者と同程度の収入を得る可能性があることを粘り強く立証していく必要があるでしょう。

 

 なお、関連する裁判例として、山口地裁下関支部令和2年9月15日判決(労判1237号37頁)は、全盲の視覚障害者(事故当時17歳)の交通事故による後遺障害逸失利益(併合1級)の基礎収入について、健常者・障害者間に基礎収入の差異がある一方で、今後は今まで以上に潜在的な稼動能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労することのできる社会の実現が図られていくこと、潜在的な稼働能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労する可能性があったこと等を考慮して、平成28年賃金センサス第1巻第1表、男女系、学歴系、全年齢の平均賃金の7割(342万9020円)の年収を得られるものとしました。

 


 もし損害賠償事案等でお困りの場合はご相談ください。