将棋中の鼻だしマスクを理由とした処分は裁量の範囲と判断!

 

 昨日、将棋の公式戦で鼻を出した状態でマスクを着けたことにより、3回反則負けとなり、3カ月の対局停止処分を受けたことに対し、日浦市郎八段(58)が日本将棋連盟に約380万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は請求を棄却しました。

 

 報道によると、以下のような経緯があったようです。

 日本将棋連盟は2022年2月、新型コロナウイルスの流行を受け、対局中にマスクの着用を義務づけた「臨時対局規定」を導入しました。

 日浦八段は23年1〜2月に3回、マスクから鼻を出した状態で対局に臨み、臨時対局規定に違反したとされ、いずれも反則負けになりました。これにより3カ月の対局停止処分を受け、対局停止期間に予定されていた3回の対局が不戦敗となりました。

 これに関して、日浦八段側は「規定はマスクの具体的な着用方法を定めておらず、鼻を覆う状態でのマスクの着用義務はない。鼻呼吸を満足に確保し実力を十分に発揮したいという合理的な理由があり、反則負けと対局停止処分は違法だ」と主張しました。

 一方、日本将棋連盟側は「規定の具体的な運用に関しては連盟に裁量があり、マスクを鼻まで覆うという政府の方針に従って解釈・運用している。対戦相手と同じ条件下で実力を発揮することが求められる」などと主張していました。

 

 東京地裁は、連盟が政府の当時の推奨に沿って、マスクで鼻まで覆うよう求めたのは不合理ではないと指摘、対局中に複数回、注意もしていたことから処分は「不意打ち」といえず、「日本将棋連盟が反則負け処分と懲戒処分を行ったことは裁量の範囲内の行為であり、違法であるとは認められない」としました。

 

 なお、この臨時対局規定は、政府がマスク着用に関する方針を緩和したことにより、2023年3月に廃止されています。


 公益社団法人日本将棋連盟は、上記裁判となった日浦八段の懲戒処分に関して、HPで以下のように公表しています。

 

” 日浦八段の懲戒処分について”(2023年2月13日付)

 当連盟は、日浦八段が公式棋戦において昨今3局連続して立会人の裁定と処置に従わず、臨時対局規定に基づいた反則負けを繰り返した事実を重く受け止め、直近の対局である2月7日の反則負け裁定後、速やかに規定に則って倫理委員会を招集しました。

 2月8日に開催された倫理委員会においては、上記行動を繰り返す日浦八段への懲戒処分の要否及び相当性が検討され、日浦八段への弁明機会の付与を経て、同委員会より当連盟理事会宛に本件に関する答申書が提出されました。

 本答申書の提出を受けて、当連盟では2月10日に臨時の理事会を開催し、以下の内容を決議しました。

決議事項

●日浦八段は、立会人の裁定及び処置に従わず、実質的な対局放棄を繰り返しており、倫理懲戒規程に基づき、対局停止3ヵ月の懲戒処分とする。

●日浦八段の行動は、臨時対局規定第1条(マスクの着用義務)、対局規定第3章第9条第3項(立会人の裁定及び処置に従う義務)、対局規定第2章第1条(棋士の公務)に違反し、倫理懲戒規程第5条1項1号(本連盟の目的に反する行為をしたとき)、同5号(会員規程8条、本規程その他本連盟の諸規定に違反したとき)に該当する。

●処分効力期間は令和5年2月13日より令和5年5月12日までとする。

 対局中のマスク着用義務の有無については議論があるところ、当連盟としては、所属する棋士・女流棋士には、高い公共性を求められる公益法人として政府の方針・基準に則った対応をする旨を定例報告会の場等で十分示してきました。ここへきて、政府よりマスク着用の緩和方針が示されつつありますので、最新情報を見極め、臨時対局規定の改善や改廃について引き続き適切に判断して参ります。


 そもそも公益社団法人日本将棋連盟はHPによると、その目的として「将棋の普及発展と技術向上を図り、我が国の文化の向上、伝承に資するとともに、将棋を通じて諸外国との交流親善を図り、もって伝統文化の向上発展に寄与すること」を謳っています。また、日本将棋連盟は棋士及び女流棋士(タイトル獲得者又は女流四段以上)の正会員によって組織される団体で、通常総会で2年ごとに選出された役員、及び事務局によって運営されています。

 このプロ棋士は全国でも200名足らずで、プロ棋士の養成機関である奨励会(6級~三段)に入り、四段に昇段しなければいけません。対局料と賞金、連盟からの基本給が主な収入となります。勝ち進むにつれて一対局当たりの金額は高くなり、それに比例して収入も増えます。ほかには将棋教室の講師や出張指導、本の執筆やテレビ・ラジオの出演などによる収入もあります。

 ただ、日本将棋連盟から雇用されているわけではなく、個人事業主として業務委託を受けている関係にあります。プロ棋士になった当時、15歳であった藤井聡太棋士が深夜でも対局をできたのも、労働基準法の適用を受ける雇用ではないからです(雇用契約であれば労働基準法によって深夜労働は禁止されています)。

 日本将棋連盟に所属する正会員として、その規則等には従う必要があり、これに違反すると処分を受けることがあります。当該将棋連盟には懲戒権があり、懲戒事由があるときに懲戒をするかどうか一定の裁量があります。

 今回はこの意味合いでの懲戒処分の有効性が問題となります。

 

 労働法上、懲戒処分が有効と言えるためには、①客観的に合理的な理由、すなわち懲戒事由に該当する具体的事実があり、②社会通念上相当な場合に認められます。

 ②については、行為の性質及び態様その他の事情に照らして、懲戒処分がその対象となる行為の程度に応じた相当なものでなければならないとされており、処分が重きに失しないか、処分の平等性に反しないか、手続き的な相当性を欠いていないかという観点から検討されることになります。

 上述の通り、雇用関係にはありませんが、所属会からの懲戒処分についても同様の考え方に基づき、裁量の範囲かどうかが問題となります。

 

 本件の判断について、判決文までは公表されていないので報道限りにはなりますが、

そもそも日本将棋連盟は、コロナ禍において、マスクの着用義務を臨時対局規定として明記してはいました。その上で、運用として、独自の基準等ではなく、あくまで政府の当時の推奨に沿ってマスクで鼻まで覆うよう求めていたことから、このこと自体は不合理ではないと判断されています。

 そして、対局中に立会人が複数回、注意もしていた上で、3回にわたって反則負けとなっており、「不意打ち」といえないともされています。日本将棋連盟が公表している通り、立会人の指示に従わなかったこと自体も、対局規定第3章第9条第3項(立会人の裁定及び処置に従う義務)に違反したとされています。

 これらの事情から、日本将棋連盟が反則負け処分と懲戒処分を行ったことは裁量の範囲内の行為として認定されているものと推察されます。