ダウンタウン松本人志氏、文春(文藝春秋)に対する訴えを取り下げ!

 昨日、ダウンタウンの松本人志さんが週刊文春(厳密には文藝春秋と編集長)への裁判を取り下げ、双方がコメントを発表するとのニュースがありました。

※私はダウンタウン世代であり、松本人志さんのお笑いは大好きですが、ここではいったんそのことは横においておいて、弁護士として俯瞰的に考察してみたいと思います。

 


 

 松本人志さん 文春との裁判 訴えを取り下げ(2024年11月8日付NHK)

 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241108/k10014632791000.html

 

 報道によりますと、松本さんは2023年12月発売の週刊文春に、松本さんから性的な被害を受けたとする女性2人の証言が掲載され、名誉を傷つけられたとして、発行元の文藝春秋と編集長に5億5000万円の賠償などを求める訴えを起こし、文藝春秋側は全面的に争う姿勢を示していましたが、11月8日に双方が合意し、松本さん側が訴えが取り下げられました。

 

 その上で、それぞれの立場からコメントが公表されています。

 

【松本人志さんコメント全文】

「これまで、松本人志は裁判を進めるなかで、関係者と協議等を続けてまいりましたが、松本が訴えている内容等に関し、強制性の有無を直接に示す物的証拠はないこと等を含めて確認いたしました。

そのうえで、裁判を進めることで、これ以上、多くの方々にご負担・ご迷惑をお掛けすることは避けたいと考え、訴えを取り下げることといたしました。

松本において、かつて女性らが参加する会合に出席しておりました。参加された女性の中で不快な思いをされたり、心を痛められた方々がいらっしゃったのであれば、率直にお詫び申し上げます。

尚、相手方との間において、金銭の授受は一切ありませんし、それ以外の方々との間においても同様です。

この間の一連の出来事により、長年支えていただいたファンの皆様、関係者の皆様、多くの後輩芸人の皆さんに多大なご迷惑、ご心配をおかけしたことをお詫びいたします。

どうか今後とも応援して下さいますよう、よろしくお願いいたします」

 

【週刊文春コメント】

「本日お知らせした訴訟に関しましては、原告代理人から、心を痛められた方々に対するおわびを公表したいとの連絡があり、女性らと協議のうえ、被告として取下げに同意することにしました。なお、この取下げに際して、金銭の授受等が一切なかったことは、お知らせの通りです」

 

【吉本興業「弊社所属タレント松本人志に関するお知らせ」】https://www.yoshimoto.co.jp/info/1392/

「弊社といたしましては、関係各所およびファンの皆様にご心配とご迷惑をおかけしましたこと、改めてお詫び申し上げます。松本人志の活動再開につきましては、関係各所と相談の上、決まり次第、お知らせさせていただきます」としています。

 


 そもそも名誉毀損に当たるのは、”公然と事実等を指摘して人の名誉を傷つけた場合”です。人の名誉を傷つけるというのは、一般人を基準として、社会的評価を低下させる行為がこれに当たります。

 事実を指摘していれば、名誉毀損に当たりうるので、その事実が真実か虚偽かは問いません。例えば、実際に不倫をしている一般の方がいたとして、不倫しているとSNSで発信することは名誉毀損に当たりえます。

 

 ただ、これには重要な例外があります。

 例外として違法にならない場合というのは以下3つの要件を全て満たした場合です。

① 事実の公共性

② 目的の公益性

③ 摘示された事実が重要な部分において真実であること(真実性)または摘示された事実の重要な部分を真実と信ずることについて相当の理由があること

 

 芸能人や著名人のスキャンダルの場合、①②を満たすことは多いでしょう。そのため、最も重要で、かつ、激しく争われる争点となるのは、このうちの③です。

 この③のポイントは、真実であることの証明までは必要なく、真実であると信じるだけの相当な理由があればいいというところです。具体的に報道機関や週刊誌の立場で言えば、取材を尽くして真実であろうと判断するだけの合理的な根拠があれば違法ではないということになります。

 

 本件でも③が大きな争点になるところですが、報道によると、 松本さん側は「記事に記載されている時期と場所において女性の参加者もいる飲み会に同席したことは否定しない」としたうえで「性的行為を強要したという客観的証拠は存在しないのに記事で名誉を傷つけられた」と主張した一方、文春側は「女性に対して複数回の取材を重ね証言の信用性について慎重に検討したうえで松本さんに対する取材も経て確信した。同意のない性的行為は真実だ」と争っていたようです。

 

 文春側としては、実際に一定の取材はしているでしょうから、それによる判断材料を示せば③については一定程度証明できるので、それほど難しくありません。一方で、松本さん側は、これが十分ではないことを何らか証明して崩さなければなりません。覆すだけの決定的な証拠があれば別ですが、それがなければどうしてもハードルは高くなります。

 その前提でも、一定の勝算(あるいは戦略)があって、松本さん側も裁判を起こしたのでしょう。ただ、訴えた金額が5億5000万円という名誉毀損の裁判としては異例とも言える巨額なものでした(通常の名誉毀損の損害賠償請求事件では慰謝料のみが問題となり、一般人なら100万円前後でしょう)。松本さん側も、実際にこの金額を回収する目的があったとというよりも、訴えを起こしたことやその金額が大きく報道されることによって、事実無根であると争う強気の姿勢をアピールしようという狙いがあったものと推察されます。

 

 ただ、裁判が始まってからも、なかなか上記のハードルを超えることは難しい状況だった可能性があります。裁判上での和解協議もあったようですので、裁判所からも厳しい見通しを明言されたかもしれません。

 そのような状況で考える必要があるのは、敗訴した場合の影響でしょう。もし敗訴した場合、上記の通り、判決としては、あくまでも文春が取材を尽くして相当な根拠をもって真実と信じて掲載したと判断するものにすぎません。ただ、現実的には、敗訴したことが広く報道されれば、世間的には、女性側の言い分が真実であったと裁判所が認めたイメージが強く与えることになりかねません。その影響を懸念すると、訴えを取り下げて終結させるという選択肢もとらざるを得ないでしょう。

 

 訴えを起こして、裁判がスタートした場合、訴えを取り下げるには、法律上、被告の同意が不可欠となります。

 そのため、松本さん側が訴えを取り下げるにも文春側の同意が必要となります。文春側と訴えを取り下げる方向で、公表するコメントの内容も含め事前に協議していた可能性もあるでしょう。

 本件の場合は、「強制性の有無を直接に示す物的証拠はないこと等を含めて確認」したということを明確に指摘し、それを強調することで、事実としてはグレーな状態であることを強調した形での決着を図ったということでしょう。当初からこの決着を想定していたとは考えにくいところですが、裁判での見通しも踏まえ、途中で舵をきったようにみえます。

 そのような形で終結することにより、世間の反応を見つつも、スポンサーの理解を得て芸能界復帰に繋げられるという見立てがあるように思います。

 

 ※弁護士としてで貼りますが、あくまで個人的な見解と推察です。